大判例

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高知地方裁判所 昭和27年(ワ)74号 判決

原告 大崎源一郎

被告 吉田栄太郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「別紙目録<省略>記載の土地上立木は原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨を申し立て、その請求の原因として及び被告の主張に対し次のように述べた。「別紙目録記載の土地はその地上立木とともにもと高岡郡大桐村の村有地であつたが、数年前訴外吉村誘が買い受け同人は土地と立木を区分して立木は昭和二十六年十月初旬訴外古味隆義に、又土地はその頃訴外山下盛茂にそれぞれ売却した。そして原告は同年同月十六日右古味から立木を、同年十二月二十日右山下から土地を買い受けたのであるが、登記簿上ではまだもとの大桐村の所有名義のままであつたので昭和二十七年一月八日村から直接原告えの所有権移転登記を受けて右土地及び地上立木はともに現在原告の所有である。ところで被告はこの立木につき、所有権を主張してその一部をすでに伐採したので原告はこの立木の所有権の確認を求めるため本訴に及んだものである。なお被告の主張事実殊に明認方法に関する事実は争う。仮りにさような明認方法としての事実があるとしても被告は登記をしていないのであるから、原告に対してはその立木の所有権取得を対抗することができない。」

<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、次のように述べた。

「原告主張の事実中別紙目録記載の土地がその地上立木とともに、もと原告主張の村有地であつたことは認めるがその他の事実は争う。右立木は被告の所有であつて被告が所有権を取得した経路は次のとおりである。すなわち右土地及び立木は売渡証書と移転登記手続に必要な書面が添附されて右村から訴外斎藤忠彌、吉村誘、岡本照衛、松坂浅次外一名、山崎茂治に移り、それ以後伐採し残しの松杉檜等の立木だけが訴外田村薫、山下盛茂、松岡吉栄、町田秀則に移り、最後の町田から被告が昭和二十六年十二月二十八日買い受けたものであつてその売買の都度現物の引渡は完全に終つている。そしてなお右町田が前記山崎茂治から同人が右土地及びその附近の伐採のため設備した林道、木馬道、木材置場等の施設一切を譲り受け、多数の人夫その他の者を使用し立木の伐採、搬出等の作業をしていたのを被告は町田から立木の買受とともに右施設、設備等一切をも同時に譲り受け又作業中の人夫等もそのまま引きついで、伐採等の作業を継続しその人夫等は右土地中数箇所で連日作業にあたり、被告が立木の所有者であることはその全員が知つていたものであるから、かような事情は被告の右立木に対する所有権取得の明認方法としても十分である。そればかりでなく、原告はその主張する買受の時期以前の昭和二十六年十月頃右土地の伐採人夫の一人山田重盛に現場で会い、同人から当時伐採作業を前記町田が行つていることを聞き又その現場も見ている。そしてその後町田に対し高知地方裁判所須崎支部の右土地えの立入禁止の仮処分命令をえて昭和二十七年一月二十五日その執行をしたが、町田から糺問せられて深く陳謝し、間もなくその執行を解除したことがある。かようなことからして当時右立木が被告の前主町田の所有であることを原告は十分に知つていながらそれを買い受けたので、しかもたまたま登記簿上当時の所有者が村名義になつていたのを奇貨とし村から直持所有権移転登記を受けたものである。従つてかような事情がある以上、原告が右立木につき所有権を取得すべきいわれはなく、又被告としては原告の登記以前にすでに立木の所有権取得の明認方法も施こしてあるのだから原告の被告に対する本訴請求は失当である。」<立証省略>

三、理  由

一、本件立木の所有権取得に関する事実について、

別紙目録記載の土地がその地上立木とともにもと高岡郡大桐村の村有地であつたことは当事者間に争がない。そして証人古味隆義の証言及び原告本人尋問の結果(第一、第二回)を綜合して真正に成立したと認める甲第二号証、証人吉村誘の証言によつて成立の真正を認める甲第三号証と証人山下盛茂、吉村誘、古味隆義の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)を綜合すれば右土地及び立木は右村から訴外斎藤忠彌、吉村誘、古味隆義に順次売却せられたが、原告はその最後の古味から立木の杉檜全部を昭和二十六年十月十六日買い受けていること、そしてその後なお原告は右古味から一旦訴外山下盛茂に売られた土地を更に同訴外人から買い受け、結局右土地及び立木をともに買い受けたものであることが認められる。ところで他方証人町田秀則の証言及び被告本人尋問の結果を綜合して真正に成立したと認める乙第二号証、証人松岡房之助、町田秀則の各証言によつて真正に成立したと認める乙第三号証、証人田村薫の証言によつて成立の真正を認める乙第七号証、証人山下盛茂の証言によつて成立の真正を認める乙第八号証、証人松岡房之助の証言によつて真正に成立したと認める乙第九号証及び吉村誘、山下盛茂、田村薫、町田秀則、松岡房之助、山田重盛(第一ないし第四回)、山崎茂治の各証言と被告本人尋問の結果を綜合すれば、右土地及び立木は右村から訴外斎藤忠彌、吉村誘、岡本照衛、松坂某外一名、山崎茂治、田村薫に売られ更に同人からその中土地を除いた立木だけが訴外山下盛茂、松岡吉栄、町田秀則に移り、その町田から被告がそれを昭和二十六年十二月二十八日買い受けていることが認められる。そこで以上を綜合すれば結局右立木は前記吉村誘のところから二方向に分れ転々と売却せられて現在のように原、被告がともにそれを買い受けそれにつき所有権を主張することになつたものであるといえる。

二、所有権取得の公示方法について、

原、被告は前記の事情からすれば互に民法第百七十七条にいう第三者にあたるといわねばならないので争がある以上、本件立木につき一方の所有権取得が認められるためには対抗要件が必要である。成立に争のない甲第一号証の一ないし六、公証部分の成立には争がなく、その他の部分は原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したと認める甲第四号証及び原告本人尋問の結果(第一回)を綜合すれば原告は前記買受後、別紙目録記載の土地につき昭和二十七年一月八日村から直接所有権移転登記を受けていて登記簿上現在の所有者は原告となつていることが認められる。そして前記認定のように原告は土地と地上立木をともに買い受けたものであつて、本件ではその立木が立木に関する法律による独立の不動産であるというような事情は当事者双方ともが全く主張も立証もしていないのであるから、原告の右地上立木に対する所有権取得の公示方法としては右土地の登記があるだけで一応十分であるといわねばならない。しかし他方において成立に争のない乙第十号証、証人山下盛茂、田村薫、町田秀則、松岡房之助、山田重盛(第一ないし第四回)、山崎茂治の各証言及び被告本人尋問の結果に検証の結果を綜合すれば、右土地の附近に設けられた顕著な山道としてはその山麓附近までのびている木材搬出のための延長約二粁、幅約六尺の林道(馬車道)と右土地からの木材の搬出用に特に設けられたと認められる幅約四尺、延長約二粁に及ぶ木馬道との二つであつて、その林道は勿論立派な道であるが木馬道もまたところどころに丈夫な丸太材を高いやぐらに組んで造つた最長二百五十米に達する高架式の道を設け、右土地の下方斜面を谷川にそつて高く又山深くのびた立派なものであつて、それを登る途中は数多くの俗にいうコマ落シ(伐採木を木馬道に滑り降す場所)があり、なおその道の上には木馬の滑り止め用の直径三耗の鋼索がずつと張られていること、そしてなお右土地には全山にわたつて炭焼用かまど二十数箇(もつとも現在使用中のものは六箇である)が設けられ、又右林道の行きづまり附近には杉皮葺建坪約百坪の粗末な木炭倉庫一棟と相当広い木材置場及び少し離れたところに事務所用の瓦葺木造建の家屋一棟があること、ところで以上の道、建物設備等はその中林道と炭焼用かまど以外のものは、その殆んど全部を前記山崎茂治がその自費を以て設けたものであつて、同人はそのため及び林道設置に対する寄附及び林道を、現在の場所まで引きのばすために数十万円を支出したものであることそして同人はそれ等設備を使用して右土地立木の伐採及び製炭の事業を行つたこと、しかしその後昭和二十五年九月頃同人は右土地及び立木を前記田村薫に売り、ここから立木だけが分れて転々と売却せられて昭和二十六年八月十四日前記町田秀則がそれを買い受け、その際町田は右山崎から前記の建物以外の道及び設備等の使用を許されたので一時自ら立木の伐採を行つたが、その後同年二月二十八日被告に立木を売却するとともに右道及び設備等の使用はもとより、その上更に同人がそれまで使用していた伐採人夫等についてもそのまま引継を行つたのでその間伐採、搬出等の作業には何等の中断もなくそのまま被告の事業が継続して行われるようになつたものであること、そして町田も被告もともに随時右道、設備等に手を入れそれを修理し又は補強してその使用を続けてきたものであつて、町田の頃は人夫等の数が八名位であつたのを被告になつてからは幾人か増員しているが、これ等の人夫等は町田当時から大雪や大雨が降るような特殊な事情がない限り、毎日現場でその作業を続け休むようなことはなかつたこと、しかも同人等は被告が立木を町田から買い受けたことはその二日後の同年同月三十日頃にはすでに全員がそれを知つていたものであることが認められる。かような事情があるので右地上立木については現場に行けばすぐに伐採事業が行われていること及びその買受人が被告であることは当然明らかなことであるが、なお証人山田重盛(第二回)の証言及び原告本人尋問(第二回)の結果を綜合すれば、右土地所在の地方での山林売買は現地を見た上で行う慣しがあつて、原告もそこからそんなに離れていない部落の住民であるが(この点は原告の肩書住所からして当裁判所に顕著な事実である)、事実その買受の前後は別としてもともかくその当時原告もまた右立木の売買に関し現地を見に行つていることが認められる。そして以上のような事情の下では立木に対する被告の所有権取得は従来のその公示方法として判例上認められた炭焼かまどその他の製炭設備等の設置の場合よりは遥かに強力な、むしろ立札あるいは樹幹に対する氏名の墨書等と同視するのが相当な一つの明認方法をそなえたものというべきである。この点に関し原告は登記がなければ明認方法では対抗できない旨を主張するのであるが、前記のように被告は立木だけを買い受けたものであつて、さような場合明認方法は公示方法として登記と同一の効力を有するものであるからこの点の主張は採用できない。してみると本件では原、被告双方ともが対抗要件としての公示方法をそなえた場合であるといわねばならない。

三、公示方法のとられた時期について、

所有権取得の対抗要件を当時者双方がそなえた場合はいうまでもなくそれを先にそなえたものが、その所有権を完全に取得する。ところで原告の登記がなされたのは前記のように昭和二十七年一月八日であるからここでは被告が公示方法をそなえた時期について判断しなければならない。被告が立木を買い受けてその前主町田から伐採等の事業を引き継いだのは昭和二十六年十二月二十八日であるが、そのことを現場の伐採人夫等が知つたのは同月三十日頃であることはこれも前記のとおりである。そしてこの場合前記のような事情を明認方法と認めるについてはその明認方法のとられた時期は後者の時日すなわち十二月三十日頃であると考えるのが相当である。してみると被告の対抗要件取得の時期は原告のそれより以前であることが明らかである。

四、結論

そこで別紙目録記載の土地上の立木はその他の争点について判断するまでもなく、原告には属さないで、かえつて被告の所有に属するといわねばならないので、原告の被告に対する本訴請求はもとより失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 加藤竜雄 谷本益繁)

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